父の先輩や友人が乗っている軍艦や汽船が横浜に着くという通知を受けると、山高帽で紋附の羽織を来た祖父と私は人力車で国府津に出て汽車に乗った。その度ごとに私は父からの届物であるという洋服や時計や望遠鏡や物語本などを貰った。
（中略）
私が中学に入った年に、父親は第一回の帰国をした。ところが私は、はじめて見る父親をなぜか無性にバツを悪がって一向口も利こうとしなかった。とても今更空々しくって、お父さん――などと呼びかけるのは想っても水を浴びるようであった。彼は、つまらぬつまらぬと零（こぼ）して国府津の海岸寄りの方へ別居した。（述べ遅れたが、私の生地は神奈川県小田原町である。）国府津町はその頃村で、東海道線に乗るためには電車で国府津へ向わなければならなかった。